小口昭宣

初めてカメラを持ったのが小学校3年の遠足のとき、親父の一眼レフCanonフレックスRMだったと思う。そしてFTb・F-1・AE-1と続くが、高校のときスキー行の帰りに新幹線でFTbを置き忘れ、紛失してまったことが今でも心が痛む。
当時、親からは借りたカメラで沢山の写真を撮っては一人で楽しんでいた。撮り方は町のプロ写真家に教えてもらい、装備もよくは拝借したものだ。人と違う写真が撮りたいと、現像代金は親持ちで何の気兼ねもなく、駄作を撮り続けていた。
とにかく写真が好きで、人と違ったものを追い求めていたように思う。それが今でも続いていて、人の眼では捉えにくい情景を写し出し、自分の美学に忠実に感動できるものを撮り続け、自分の撮影コンセプトである「静かなる動景」が出来上がった。
人の眼は1/125〜1/400程度で連続してものを捕らえていると思います。眼は、光からの情報をフルオートで感知し、コントロールするため、全ての情景で極端なコントラストのない世界を作り出し、高速移動するものであればフルカラーからモノクロへカラーチェンジし、集中すると視野も狭くなり、眩しいと感じる光には瞳孔を小さくし、薄暗い微光では瞳孔を大きくして光量をコントロールとしてピントまで合わせる。
この情景をカメラのレンズやシャッターで、再度コントロールすると私たちが体験したことのない風景が現れる。
スローシャッターの世界は連続的に動くものを同時に表現するため、川の流れや滝は糸を引いたような状態となり、動くものは全てに残像として記録され、高速シャッターの世界では逆に眼にも留まらない速さを停止しているかのように表現してくれる。
露出を絞るとコントラストが強調され、深いピントが得られ、開けると全体的に淡く、浅いピントとなる。
カメラを通して写し出される「私たちの眼に触れることのない世界」のすばらしさと美しさを知ってもらいたいと思うわけです。
私は、撮りたいと思う世界をイメージして、心の中で光の粒を何色で撮るのかなどイメージと対話します。常に色彩を意識し、その情景にふさわしい美しさを追い求め、目線や構図も自然に決まります。
私の作品は、見ていただく方に感動を共有してもらいたいと思い、メインタイトル(コンセプト)、タイトル(題材)、データ、そのときの気持ちを書き添えています。
料紙装飾に革命をもたらした光悦・宗達のように古典的でもあり、新しくもある。新しい表現方法に挑んでいきます。
私の「静かなる動景」は、動くものと動かざるものが同居してこそ完成します。
今後も刹那の連続と瞬間を捉えた作品に挑み続け、皆様に見ていただきたいと思います。